来年のカレンダー

今月は名入りのカレンダーを注文する季節なのです。早いようですが少々の割引になります。うちがメーカーへ発注し、お客様に確認しなければなりません。割引くには早めに確認していかねばなりません。昔と比べるとカレンダーを配る会社は少なくなりました。年末になると色んな会社のカレンダーがいっぱい貰えたのですが、今はすくなくなりました。

カレンダーは一年の間、壁に飾ってくれるので販促物にはもってこいだったのですが世の中は変わりました。メーカーのカタログをみると年々取り扱いの種類が減ってきています。ちなみに自分の所も数十年使っていたシリーズが今年から無くなり、新しいシリーズに変えます。以前は海のイラストのものでしたが、今年はそれに代わるタイプのものがあまり気に入らなかったので、あえてシンプルなものにしました。ちょっと寂しいです。

来年は5月から新年号になります。発表は2月と聞いています。ですからカレンダーには載りません。もし、決まっているのなら発表が先にあれば業界としては盛り上がったのですが、もしもの話をしても仕方がありません。年末用の品物は減って行くばかりです。正月に挨拶に行く時によく使われたタオルや年賀状も少なくなりました。あいさつ回りという習慣も減っているのかもしれません。

考えてみれば中元・歳暮もそうだし、名入りのボールペンも減っている気がします。新しく出てきたのがハロウィンでの仮装ですから、ちょっと考え込んでしまいます。やはり自分たちが楽しいと感じる習慣にはのるが、昔からあるからということだけでは、今の人達は見向きもしないのですね。

新年号になる来年からの世の中はどなるのか心配と楽しみでごちゃまぜの感覚です。平成は災害が多かった年代でした。今日も北海道で地震被害がありましたし、数日まえは台風で大阪の関空が水につかってしまいました。次から次へと災害が襲ってくるのはまいってしまいます。新年号では良い日が多いこと期待しながらカレンダーの手配をしようと思います。

 

 

 

名刺に新しい工夫をしよう

名刺交換というのは、ビジネスで初対面の挨拶として「ちょうどいい」習慣です。ということは何度も書いてきました。紙きれ一枚でも、その方の名前、会社、連絡先といった個人情報が書いてあります。今時ですと個人情報の交換なのですから余程、注意をはらわなければなりません。

名刺は不思議な道具だと思います。社長と新人が普通に交換しあえるのですから。名刺の特徴の一つに、余程の変わり者でなければ受取ってくれるという特徴があります。あとで処分されるにしても受取ってくれます。その上、相手方の名刺を頂戴できる可能性が大きいのです。すごいことだと思います。

また名刺は精読率の高い媒体です。他のもので手渡した時に相手が精読してくれる可能性が非常に高いものはないと思います。人間の能力のスゴサは一瞬のうちに自分にとり必要か、否かを判断することです。きっと自分でも体験があると思いますが名刺交換をした時のインスピレーションってありませんか?

昔ですが、アメリカの全米トップをとったセールスマン。保険か自動車だかは忘れてしまいましたが、あなたがビジネスのツールを一つだけしか持てないとしたら何を選びますか?という質問で「名刺」と言っていたのを記憶しています。それだけ利用価値のある武器、ツールなのです。

なのに名刺は軽んじられている気がしてなりません。時代が変化してスマホやネットやメールで仕事が進むことも多い日々なのは解っています。でもこれからは日本でも外国人が増えていきます。ビジネスの取引も多岐におよびます。人と人が会うことも、今の時代だからこそ大切だと思います。

名刺は人と人が縁を結ぶ時に「ちょうどいい」ツールなのです。それを工夫して使わないのは本当にモッタイナイことではないでしょうか?今までの常識にとらわれず新しい工夫をした名刺を創りましょう。そのひとつが「ことばの名刺」である「闘う名刺!」なのです。

内気な人こそ闘う名刺!を

内気で口ベタ、営業が苦手、それでも新規開拓は必要です。そんな状況でも商いを続けていくには工夫することが不可欠になります。こんな状況でやってきたのが自分です。そして同じ様なタイプの性格の方々が自分のお客様だと思っています。

最近は働き方改革で時代は動き出して行きます。各種の制度も、浮世の風もその方向になびいていくでしょう。変化していかないと日本がもたなくなりそうですから。アジアの国々が成長著しく、日本の若年人口の減少、年金や他の社会制度の見直し、人生100年というように老人人口の増加など働き方は見直すしかありません。

むずかしいことはそれが得意な人達に任せますが、監視はしなければなりません。これも情けない話ですが役人たちのモラルの低下です。書き換え、うその水増し、政治家への忖度と目に余ります。それでも任せねばなりません。企業もうそばかりの大会社の検査もれ、品質偽装、決算の改ざんとひどすぎます。ホントに日本の会社や役人でしょうか。

会社は都合がよければ政治の話にのります。今、各社が働き方改革にのるということは、なんらかのメリットがあるということです。ですから働き方改革はすすむと感じています。そうすると会社ともう一つの生き方を模索していくことになります。それに適合される性格の方はいいのですが、そうでない方も今まで通りとはいかないはずです。

そんな時に内気な自分たちみたいな方々は名刺を創りましょう。それも一般的な名刺ではありません。「ことばの名刺」です。誰もがもう一つの自分を模索する時にアピールが苦手な我々、内気な性格の人は名刺を有効に利用することを考えましょう。名刺にあなたの出来ること、想いを言葉化して表明するのです。

新しい生き方を模索するには、おのずと名刺交換は必要となってきます。そして名刺交換という風習を最大限に活用することを考えて下さい。あなたは名刺で表明しているのですから配るということに集中すればいいのです。気のきいたことを話す必要はありません。きちっと笑顔で挨拶すれば大丈夫です。この一連の名刺を「闘う名刺!」と名付けました。

 

五つの副業について

日経新聞8/28の私見卓見に50歳になったら「復業」という記事が載っていました。そのなかで副業を4つに分類していました。なるほどと思ったので紹介させていただきます。

①会社に知らせずにやる「伏業」②本業の収入を補う「副業」③NPOのような社会的事業に従事する「幅業」④複数の異なる仕事をもつ「複業」の4つとのことです。筆者は「復業」をすすめていました。特に大企業の役員定年の50代の人に提案していました。

働き方改革が動き始めて民間企業が本腰をいれだすようになると、もっと色々なパターンがでてくるかもしれません。世の中は人生100年時代がきているといいますが健康で長生きするだけでは定年後の40年は埋まりません。まして年金にすべて任かせたり、貯金や資産で安泰だという人は少ないと思います。

ならば必然的に4つの副業を考えざるをえません。小商いを営んでいる経験で言わせてもらえば国の政策では救済してはくれません。それでも今回のように働き方改革と大声でいえば、世の中の動向が動き出します。これでいいのです。後は規制をはずせば前に進みだします。それが浮世というものだと思っています。

日本人は今までの習慣、常識である会社とともにの生活を大幅にかえていくという選択は難しいかもしれません。起業とかはあまり好きではないのかもしれません。

でも、副業やWワークは受入れるはずです。主になる会社ともう一つの自分の生き方をさがして上手に生きていける国民です。

その時はじめに何をすればいいのでしょうか?自分は「闘う名刺!」を創ってみることをお薦めします。なぜなら「闘う名刺!」はそいう人達のために考えた名刺ですから。そしてこの名刺を創っていく過程で、あなたの副業は動き出して行きます。そしてこの副業があなたの5つ目の「福業」になると確信しています。

防災の日に思ったこと

昨日は9/1防災の日でした。関東大震災(1923年)から95年だそうです。それにしても災害の多い日本列島です。その後も地震、津波、噴火、台風、豪雨とつぎつぎやってきました。ひとつひとつは書きませんが本当に被害が多く、尊い命が失われてきました。

きっと古代から災害の繰り返しで襲ってきて先祖を苦しめたのでしょう。そして生きのびてくれたからこそ今があります。先祖は工夫して自然と共生してきたのだと思います。それが日本の技術へとつながるのだろうし、人間の考え方にも結び付くのだと思っています。

ご先祖様たちは古文書で残したり、口伝えで残したりしてくれています。それを今の技術なら大丈夫だとないがしろにしていると大変不幸な結果になってしまいます。例えばここまで水がきたとか、この高さまで津波がきたとか、灰がここまで降ったとかのいい伝えがあっても技術ですべてを屈服させることはできません。

そんな色々な知恵の集積が、今につながっていくのです。今時でないと言う前になぜ、先人がこれらの風習や道具や品物、言い伝えを残しているかを考えてみたいと思います。人は年月がたつと過去の出来事を自分の都合のよいように納得してしまう処があります。

生き残った人や物、サービスにも訳がありますが、消えて行ったものにもストーリーがあります。それを考えていくことで防災にも役立つし、商売にも役立つはずです。どんな人や物にもストーリーが存在しています。そんなことを昨日の防災の日に考えました。自分が扱っている名刺も、小商いも先人が残してくれているものなのですから大事に仕事をしなければと思います。

小商いの時代が来る

NHKの朝ドラで主人公が上京して、ひとりで製作してメーカーとしてやっている人達に感激している場面がありました。それを見ていて自分が学生の頃(バブルよりまえの1975年位)に大学に行く途中のマンションにアパレル関係を志す人達がいました。それは確かマンションメーカーと言われて話題になった記憶があります。

当時は寄らば大樹の陰、重厚長大な企業が人気だったのですが、ブランドの立ち上げを目指した人達もいました。またレンタルレコードとか新事業を考えて実践したひともいました。著作権の問題とかでもめたようですが、あとからピザの宅配事業で成功したということです。

レンタルやリースも普及期でした。ダスキンマットとかが広がった時期です。今はスマホもあればネットもあります。それが何もなかった時代です。工夫と根性の時代です。それから考えると、今は小商いをするには適した時代なのです。国も働き方改革の旗振り役をしていますから、それなりの成果は上がると思います。

今朝の日経の一面にアマゾンが輸出の代行を始めると出ていました。これも小商いをする我々にとってはチャンスだと思います。こだわりの商材があれば世界に売れる道が個人で出来るわけですから。小商いも儲けるという当たり前のことを除けば、色んなビジネスが浮かびます。それをどういう風にして儲かるシステムにしていくかが面白い所ではないでしょうか。

これから小商いの事をもっと紹介していきたいと考えています。とにかく思いついたことを書いていこうと思います。ヒントになればいいのですが、若いあたまで今の時代に適合するものにして世に出してもらうことができれば楽しいことです。

名刺の使用量が減った。反省

今年は自分の名刺の使用量が例年に比べ少ないので反省しています。名刺屋としてはなぜかを考えてみました。会社関連の取引では継続して取引して頂いていると、

どうしても同じ人と会っているということもありますが、言いわけです。若いころは他のセクションも挨拶させていただくのが常でした。慣れはいけません。反省。

それと毎年、各種イベントや展示会に行くのが趣味みたいなものですから、そこでの主に仕入れ先との名刺交換もかなりの数であったのですが、今年は行ってはいるのですが気になる商品が少ないのです。もちろん自分にとってですが、昨年と同じ商品の展示や新製品で惹かれるものが少なかったので名刺交換して聞くことも少なかったということです。

今年2月からこのブログを始めました。こういうものはあまり得意でないのですが自分にとり新しいことを始めたいと思い続けています。おかげさまで内容はともかく178話になっています。これからはもう少し内容も充実させられるように頑張ります。

もともと営業畑を40年近くやってきたものですから、デスクワークは苦手なのです。でも新しいことを始めたかったので、年甲斐もなく奮闘しています。なんでもやってみると面白くなりますね。

今、巷では我々60代も働き方改革で、もうひと頑張りする人が増えるはずです。違ったことにチャレンジするのも楽しいものです。新しい発見ができます。60代を超えても知らないことばかりです。人生100年時代ということですが、あと40年も生きるのでしょうか。どうしようと思う人は多いと感じています。

とにかく今年の後半は人と会うことを増やそうと決めました。今年で平成の時代も最後です。平成時代にどのくらいの人と名刺交換ができるのか楽しみです。それが来年から始まる新年号の時代へ繋がる事になると信じています。

「障害」ということば

このところ官庁での障ガイ者雇用の水増しという、うそのような話が発覚している。この前は公文書の書き換え、そして政治家への忖度で、その前には消えた年金もありました。まだまだ信じられぬ事が出てくるだろうと思っているのは自分だけでしょうか?

それにつけても障ガイと言う言葉ですが、これも元々は戦前に救護法などで障碍という文字が使われていたそうです。「碍」の意味は、大きな岩を前にして人が思案し悩んでいるさまで、自分の意思が通らない困った状態をいう字だそうです。決して「害」ではありません。

聞くところによると、戦後この「障碍」の碍の字が当用漢字にないため、同じ音読みの害を役人があてて障害にしてしまったそうです。それでもこの字を役所も政治家もマスコミも直すという努力をしません。新聞もテレビも市役所も堂々と「障害者うんぬん」と使っています。最近はやっと心ある人達が害を使わずひらがなやカタカナで使うケースがみられますが、周知はまだのようです。

「ことば」はとても大きな力を持っているのは承知しているマスコミがキャンペーンをうたないのは官僚に、政治に遠慮しているのでしょうか?そんなゲスの勘ぐりさえしてしまいます。どこかの間抜けな官僚が別の音読みにして、どれだけ長い時間嫌な思いをされている人がいるのか考えただけで心が痛みます。

2020年にはパラリンピックも東京で行われます。メダルの数を競うより大切なことがあると思っています。それをやれる力を持った人達が政治家にも官僚にも、マスコミもたくさんいるはずです。自分たちはブログなどでこうして書くしかできませんが、世間でそういうことが話題として出てくることを切に願っています。

今度の水増しの件も、また第三者委員会を設置して、再発防止につとめるということで済まさずに「ことば」の持つ力を使うべきです。「障害」ということばを違うものに変えていく努力を、みんなでしましょう。

「立ち○○○を考える」

以前ブログで「立ち読み」の効能を書いたのですが、改めて考え直してみました。

それは「立ち○○○」についてです。「立ち読み」は自分の場合はことばの収集という意味もあります。目的なしにぶらっと寄って気になるタイトルをチェックしていくと自分が今興味のあることを気がつかせてくれるのです。

不思議な事に図書館や古本屋ではなく書店、それも中規模書店がいいのです。なぜなのかは解りません。もちろん気にいった本は購入します。立ち読みの目的はあります。自分の創る闘う名刺!はことばの名刺ですから、そのことばの勉強、参考に趣味の街散歩のときには必ず寄るようになりました。

本のタイトルやサブタイトルもさることながら腰にまいてある帯も興味深いものがたくさんあります。とても参考になります。人が目にすることは本のタイトルも闘う名刺!のことばを練って想いを伝えるコピーも同じ気がしています。いつも読まないジャンルの本も見ることになるので、なかなか楽しいものです。

そして気がついたのですが「立ち○○○」というのは色々と利用しているものです。たとえば「立ち飲み(角うち)」で酒を一杯やりますし、「立ち食いそば」理屈をいう高いそばより、よほど好きです。最近では「俺の○○○」も市民権を得たと思います。フレンチ、ステーキ~と色んなパターンができました。

立ち○○○は日本人に適っているのではないでしょうか。もともと江戸の屋台とかもそんなイメージですし、海外のように食事に時間をとる習慣が主だとしたら、おむすびだって無いですよね。いいのか悪いのかは別として庶民はさっさと腹ごしらえをして仕事をしてきたのです。

今はなくなりましたが、駅の改札できっぷを切る時もたっていましたし、受付でも普段は座っていても、相対する時は立って応対します。立ち仕事は色々あります。

そういえば展示会などに行くと、海外のブースはイスに座って待っていますが、日本のブースではほとんどと言っていいほど立ってお客の来場を待っているようです。

日本人の立つという概念についても考えてみるのも面白いかもしれません。

「外国人に響く歌謡曲」

きのうテレビをつけたら懐かしい歌謡曲がながれていたのでしばらく聞いていました。青春時代によくながれていた歌でした。ちょっと歳のながれを感じてしまいました。それはそうとその歌番組の趣旨は外国人の選ぶ日本の歌でしたので、昔に流行った曲も新しい市場がみつかると又活躍ができるなと思いました。

最近は日本の観光の誘致のキャンペーンなのかどうか知りませんが、外国人が~といった番組や書籍、商品が増えた気がします。インバウンド消費とやらでたくさんの日本製の商品を買い込む姿があたりまえになってきました。2年後に東京オリンピックということもあり、ますます加速することでしょう。

さきほどの歌謡曲にもどりますが、メロディー・歌詞ともに外国人に響くというのは注目することです。色んな形で日本に入ってきた歌、楽器などの海外の文化が日本風になり海外の人に響いているということになります。それってスゴイことだと思います。まさに文化開発ということですから。

ある外国人の方が詞の意味に魅かれていると話していましたが、あの頃に活躍した作詞家たちは本当に言葉と格闘して練り上げた作品を、商業ベースの期間というものを知りながら短期間に作りあげたことに脱帽です。それと同時に言葉の持つ力を再認識しました。

歌謡曲のなかに出てくる言葉、フレーズはメロディーがついているからより強力に心に響きますが、その言葉、フレーズは絶妙だと思います。自分は言葉の名刺である「闘う名刺!」を宣伝していますが本当に参考になります。今後は自分のノスタルジーではなく歌謡曲の詞についても勉強してみます。

言葉は伝えるだけでなく心に響くということがわかります。それも日本人でなくても母国語の意味に置き換えても響くわけですからすばらしいことです。言葉の名刺をといっていますが、もっともっと工夫しなければいけません。やることはいっぱいあるのは幸せと感じながら、老骨に鞭打ってがんばろうと頭のすみにインプットしました。