名刺交換も大変な時代?

府中市にはケヤキ並木があり新緑がきれいです。しかし今はケヤキの花粉が並木の下の舗装された道路に溜まっています。自分はケヤキの花粉症ではないのですが、ちょっと嫌な感じです。歩いていると街路樹は、はなみずきが咲き始めていました。イチョウの木もイチョウの葉の形をした小さな葉っぱをつけていました。半年後は紅葉だなどと気の早いことを思いながら歩いていました。

歩いていて思うのですがアイコンタクトをとれない方が多い気がしています。歩道で自転車とすれ違う時、なるだけ立ち止まり待ちます。声を出して一言など思ってもいませんが、目で見ることもなく、会釈もない。せめてアイコンタクトくらいできるようになればいいのに。そのほうが世の中、楽しくないかい。

江戸のしぐさの本を読むと、道で傘を持ってすれちがう時など、お互いが相手の逆方向に傘をかたむけてすれちがうのが当たり前だったようです。粋ですよね。これだけ自転車が増えたのだし、道は簡単に広げられないのだから新しい常識を作らなければと思います。老若男女もない新日本人としてです。

最近は忖度が悪い意味で使われます。本来は人をおもんばかることの意味で、利益供与をするのは斟酌です。悪い意味を定着させないのもマスコミの役割なのではないでしょうか。自分が仕事を頼むのなら忖度できる方にします。社会人としては当たり前のことのような気がします。ダメなことはダメと伝えます。その上で忖度できる方のほうがいいです。

やはりインターネットが普及してから、発注や問合せ、予約など便利になった分、正確にデータ入力することの方が、人の対応より一般的になったのが一因に有るかもしれません。名刺交換も人対人より、会社の規模、業種、職種などをデータとしてデータ会社に整理させたものを会社で共有することに主眼がおかれているのは正しい事なのでしょうか。人が人に想いを伝えるから名刺交換の意味もある。人が人にしか伝えられない想いがあると信じたいのは時代遅れなのでしょうか。名刺交換も大変な時代になってきたものです。