難しい浮世を生きる為に

今朝の日経新聞一面は年金の話でした。20歳のひとが現行の金額の年金を受取るには68歳まで働く必要があるとのことです。48年間という長い間働き現行の金額というのだから嫌になってしまうのは当たり前の話です。我々高齢者は少なくてもまだ給付されるが昔の話とはずいぶん違うのには呆れるばかりです。

 国家的な詐欺行為みたいな気もします。今の若い世代に本当に約束出来るのでしょうか?疑問と猜疑だらけです。制度を根本的に考えるべきなのではないでしょうか。例えば団塊の世代以前の人達は満額でているはずですが、年金に頼らずにやっていける人達に少額の支払いをお願いするとかして、その交換条件は名誉の勲章を渡すとかすれば協力する人も増えるのではないだろうか。

 これが働き方改革の意味なのか?高齢になってもずっと働くことが人によっては苦痛でしかないことも理解しないと大変な社会になってしまうのではないだろうか。失敗した社会主義のようになるのではないだろうか。とりあえず我々庶民が出来ることは何でしょうか。

 覚悟をしておくしかありません。浮世は思うようになることは稀です。望まなくては願い事もかないませんが、そんな簡単でないことも大人になれば誰でも知っています。そしてそれでも生きぬかねばならないことも解っています。年金がどんな事になるかは予想するのは難しいし、会社員として長年にわたり働くことも難しいことです。

 色々なアンテナをたて生きていくしかありませんが、それはSNSとは違う気がするのです。もっと身近な人達とのつながりである気がします。あの人にこのことを頼めば間違いがないという信頼や顔が見える、声が聞こえるということが改めて問われる時代が来ているのかもしれません。その時に闘う名刺!を準備していてほしいのです。