なぜ名刺なのか?

我々が社会人として名刺を持った40年前は、厚手の紙でタテ型タイプが主流でした。内容は社名、所属、役職、名前、住所、電話が書かれたもので、それを鉛の活字を一文字づつ拾い制作する活版印刷でした。パソコンも携帯もFAXだって無いし、コピー機だって、そうは普及していませんでした。リピートはともかく新しい注文は単価が安くて、儲けは少なくとも打合せに行かなくてはならないので営業は大変でした。そんな時代の中で名刺交換はとても大切な仕事のルールの一つでした。そこで信用してもらうのに必要なのは、どこの会社の所属で、実際ちゃんと存在しているのか? 何の為に来た誰なのか? 名刺を調べられても大丈夫な社会人ですよという事だった気がします。

時代は流れFAX、携帯、パソコン、SNS等々、会社はもちろん個人、それも小学生でも扱えるインフラとなりました。その進化は驚くばかりです。それに伴い名刺に記載される事項も増えました。FAX、携帯、メール、ホームページ、LINEISOマーク、郵便番号、英文表記、写真 バーコード等々どんどん増えていきました。名刺もヨコ型タイプの薄手のカラー印刷が主流になりました。もちろん、これだけの情報量を記載するので文字は小さくなり、老眼の我々は解読するのが大変です。

印刷技術も活版からオフセット、オンデマンド印刷と多様になりました。納品のスピードも変わりました。昔は最低一週間位あたり前でしたが、今は翌日出荷の所も多くなりました。そして注文先も印刷屋・文具屋さんからネット通販の文具、印刷だったり、大企業の場合は広告代理店経由だったりと多岐にわたり、デザインや紙質も色々流行りがあります。ではなぜ、この目まぐるしく変化する時代の中で、いまだに名刺は生き残って存在しているのでしょうか? 名刺交換という行為は、IT社会、SNS全盛、AI化というこの時代にどうして存在しているのでしょうか?また進化していくのでしょうか?

人と人が実際に初めて会ってビジネスのきっかけだったり、自分の大事なキーパーソンになるかもしれない。その時にアナログな名刺交換という風習、ルールが存在している。それは思うに、ナマの感覚というか緊張感、今まで会ったことない人と会話して、紙一枚だが相手の持ち物と交換するという行為自体が意義のあることなのだ。考えてみると単にデーターの交換なら今の時代は色々ある。なぜ、名刺なのだろうか? 人と人が出合い、何かの縁が始まるかもしれない時に形のあるものを交換しあうという行為が理屈ではなく人には安心感、緊張感、直観だったりを与えてくれるのである。それは丁度いい習慣、距離感で我々世代からすると、これが人と仕事をしているのだという「ほっこり」を感じられる。

 

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